小野マトペの業務日誌(アニメ制作してない篇)

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ゲド戦記感想

そういう訳でキーボードが使えるようになったのでゲド。昨日叫んだとおり、まず楽しく観れましたよ俺は。決して名作傑作ではないのだけど、好感を以って受け入れられる映画だった。親父さんが「素直な造りで、良かった」と言ったのもよく分かる。ていうか、初監督でコレだけのものを造るって、とんでもない事ですよ。ここまでネガティブな情報が飛び交ってしまうと、さすがにどうなる事かと思って

  1. これは宮崎駿の映画じゃない
  2. 宮崎駿レベルのものを期待しちゃいけない
  3. コーエン兄弟版『レディー・キラーズ』か『雲のむこう、約束の場所*1くらいのものと思おう

と1000回心の中で繰り返してから観たんだけど、その呪詛が効いたのか。実際、吾朗をバッシングしてるレビューの殆どは、その辺が分かってないものばかり気がする。吾朗は吾朗なのに。みんな変な期待しすぎなのでは(無理もないけど)。


ゲドのポスターは『駿は描かない、横位置のレイアウト』が注目されていたけど、全体的に横位置好き。なのでおすぎにもバカにされていたけど、コレはコレでいい。建築家だけあって、街や建物の見せ方に愛が感じられた。特に途中で訪れる城下町の城壁の高さは「うぉ、高ぇ」って感じで巨大建築愛好会の方も満足な感じ。最後の『足元の崩壊』も、建築家らしいといえばらしい着眼点(笑)。
建物だけじゃなくて、美術への信頼も「素直」と言える。これは前日に『トトロ』を観た時にも感じたんだけど、『トトロ』もやっぱり美術を全面的に信頼してる感じがあって、今の疲れた駿にはないと思った。やっぱり、お互いの仕事を信頼した画面を観ると気持ちがいいです。
いや、全体に素直なんですよ。最後の"塔での対決"なんか東映動画時代を彷彿とさせる展開で、やや牧歌的なんだけど素直でアリでしょう。ボソボソしゃべる暗い演技がどうとも言われていたけど、俺はこれ好き。吾朗はナチュラルな演技が好きなんだよ!だって舌のなめらかなウサギや息継ぎしないで最後まで喋りきるクモとかかっこいいべよ。占い師くずれの野沢雅子とか。ただ、全体にみんなテーマを口でしゃべりすぎっていうのは確かにあります。それは減点要素。


で、そろそろ作品内容に関して言うけど、ビルドゥングスロマンって訳でもないけど、『父殺しムービー』『家出ムービー』として真っ当な造りだと思う。俺の中で

アレン=吾朗
王様=父としての宮崎駿
ハイタカ=アニメ監督としての宮崎駿
クモ=鈴木敏夫(笑)

なんですけど、っていうかこれは言うまでもない感じですね。ピンとこない方は「ゲド戦記」監督日誌 - 第三十九回 父としては0点、監督としては満点を読んでいただいて。ル=グウィンも『吾朗さんには三巻を映画化する内的な必然性があります』と言っていたらしいけど、もう本当に。もうドストレートに父殺しだからね。…というかね、こんな映画、宮崎吾朗にしか撮れないよ。すくなくとも、駿には無理だ。
ファミリー向けファンタジーを期待した大人から不評がもれるのも分かる。なにせこの映画は、『息子』に向けて発信されているからだ。強大な父の足元で鬱屈を抱え成長する、全ての息子たちに。多分、(ファリックな意味で)『男の子』ならこの映画を気に入るんじゃないだろうか。この映画は、
全ての、父親を殺したい息子に観てもらいたい映画だ!
…と言い切ってしまうには少し力が足りてないんだけど、少なくとも、碇シンジに似たタイプの鬱屈を抱えた宮崎吾朗の、素直すぎる自己表現は、そう悪いものではないと思える。


も一つ。映画の前半、ひっかかるシーンがあった。父を殺し逃亡してきたアレンが大賢人ハイタカに助けられた後のシーン。アレンはハイタカに心を開いていない。そんな状況で、ハイタカはアレンにパンを一切れ差し出す。アレンは「いらないよ…」とでもいいたげな顔を見せるが、次のカットではすでにパンを口にしていた。普通だったら手を伸ばしてハイタカからパンを受け取るカットを挟むところが、そこだけすっぽりと抜け落ちていた。一方中盤で『疑似家族』の母親役であるテナからはパンを与えられ食べるのだけど、つまり、この映画は父を殺し、欠落した『父からの継承』を回復する物語なんだなぁと、まあそんなことを考えていた。

以下作画トーク

作画的には、ラッシュ試写で笑いが起こったと言う逸話付きの、おなじみ大塚伸治さんの井戸端おばさんと、沼地で風に揺れる草、が印象に残った。ジブリ映画の中でもっとも宮崎駿のコントロールを離れている映画だけあって、さすがに画面のオーラが今までよりも減じている気がするけど、そこは仕方がない。
で、例の橋本晋治パートなんだけど、オレはあまり…。いや橋本晋治大好きなんだけどさ、さすがにあれで無修正で入れるのはどうかなあと。アレは雑と言われても仕方がないのでは。ハウル大平晋也は影がついてたり、かなり修正がはいっていて、知らない人なら気づかないほどなじんでいたけど、うーんむ。やっぱりああいう人を使うには仕上げ工程でフォローをよほどしっかりしなきゃと思うんですよね。

*1:=俺の中で全くひっからなかった映画